資生堂が企業ミッションを一新したことに伴い実施された2019年Beauty innovation contest
において、人事部所属の石川氏が提案した「通信営業における視覚障がい者の職域拡大に関するプロジェクト」が社内コンテストで世界2位になったことは、視覚障がい者の当事者でもある石川氏が抱く「資生堂から視覚障がい者の就労の課題を解決し、新しい可能性を発信したい」という思いを実現させる契機になった。
視覚障がい者の雇用・労働分野での主な活躍は、通称「あはき業」と呼ばれるあん摩マッサージ指圧・針・灸の分野であると考えられている。実際、資生堂においても、雇用する障がい種別の中で、視覚障がい者の割合が最も少ないという実態があった。あはき業の分野に限らず、企業内で視覚障がい者にも仕事を増やしていきたい思いを持っていた石川氏は、視覚障がい者の強みを、①言葉でのコミュニケーションが非常によく取れる場合が多く、②企画等を論理的に考えて提案できる業務が可能であり、③香りや食感といった「見る」以外の感覚が研ぎ澄まされる部分にあると考えた。それらの強みと、近年非常に発達しているスクリーンリーダー(音声読み上げソフト)やボイスオーバーといったテクノロジーと掛け合わせて、通信営業、つまり、電話を用いた得意先への営業部門での職域拡大に取り組み、それを実現してきている。
現在、営業部門において3名の視覚障がい者を採用しているが、ここまでの石川氏の努力は並々ならぬものであった。社内コンテストで世界2位になったとは言え、実際に受入が可能なのかといった環境整備のため、人事部や営業部門に限らず、システム部門や美容の商品関連部門、障がい者採用の部門のメンバーとともに、社内検証のために石川氏自身が営業を半年間担った。自力で対応できる部分、サポートが必要な部分を切り分けて、営業部門におけるサポート体制づくりや商品情報一覧の再作成、社内システムの音声読み上げ機能への対応などについてマニュアルを作成した。そして、障がいに配慮した教育プログラム研修を実施して日常業務についてのレクチャーを行うことで、新入社員の早期の定着につなげる努力が行われた。
また、テクノロジーの最大限の活用に関しては、「手伝ってもらう前提に立ちすぎると、周りの負荷も非常に増えてしまう、できるだけ自力でできる部分を増やすスタンス」を保ち、プロジェクトの中でも話し合いや検証が進められた。視覚障がいがあることで、全ての業務を1人で担うのは難しいが自分で対応できる可能性を増やしつつ、どういったサポートが必要なのかを予め現場で伝えておくことは非常に重要である。その点を社内検証をすることによって、ポイントが明確になっていき、周りとの調整が取れた結果、それが受け入れにも繋がってきたと語る。
3年後の姿として、視覚障がい者が新しい領域でイキイキと目標を持って戦力として活躍をしているところ、それから、サポートと環境整備が属人的にならずきちんと仕組みとして整えられているところを目指しており、それを社会に発信をしていきたいと話す姿勢は、新しい視覚障がい者の業務拡大のパイオニアそのものであると感じた。
2020年に採用された2名がインタビューに応じてくれた。
それぞれ視野や見え方が異なるため、活用するテクノロジーやサポートの内容なども違っていたが、自分たちが営業に貢献していることの自負が言葉から大きく聞かれた。通信営業は、ドラックストア等の店舗ではなく、地域にある化粧品専門の店舗に対して営業活動を行っており、それぞれ80~100店程担当している。電話に限らず、メールやショートメッセージ、ファックスなどを含めて様々な方法でコンタクトを取っている。テキスト化できていない内容については、同僚に文字起こしのサポートを依頼している。
A氏は、シーズナル商品や最近のトレンド、営業担当者自身のことを通信として自ら発行して取引先に送っている。その理由について、一つ目は、通信営業という特徴から顔を見せず電話でしか話せないので、担当者としての自分の人となりを公開して理解してもらい距離を縮めたいという思い、2つ目は自分が商品を試すことで、自分の五感で商品理解にも繋がって営業のワードにも活かせるということ、3つ目は綺麗になった姿とか楽しい気持ちをイメージしてもらいやすく、お客様にお勧めしやすいことで始めたという。
しかし、採用当初は、「お店様と十分に距離感がつかめていない頃に、視覚障がいがあることでご迷惑をおかけしたらどうしようとか、ちょっと不安感を抱かせてしまうんじゃないかと(思った)。ただ、こういう工夫をすることで、(通信を)ご覧いただけてとても反響があって。視覚障がいでも営業ができるっていうことを伝えられて、お得意様からの理解と信頼を得ることにも繋がった。」と話す。営業での活躍の裏では、視覚障がい者へのイメージ等への不安や葛藤があったことが垣間見えた。
B氏も、自身の視覚障がいをどう得意先に案内するか、上司や同僚との相談を重ねたと話す。相談する前は不安があったが、上司からは「どんどん話そう」と背中を押していただいた。この言葉があったからこそ、B氏はその後の得意先への視覚障がいの案内についても、安心して進めることが出来たと振り返っている。そして、B氏が普段感じていることとして話していたのは、気兼ねなく質問や相談ができ、職場の雰囲気がとても良いという点である。日頃から、視覚障がいの話題を率直に話し、また健常者の同僚からも様々なアドバイスを得ている。障がいに関わることでも、双方向に意見のやり取りが出来ていることも、安心して仕事を続けている大きな理由だと述べている。さらに、障がいの有無に関わらず、他の社員と同じ目標を持って営業活動に取り組んでいる。「かつて、障がい者雇用では、雇用をゴールとし、成果を求めないという話も聞いたことがある。ここでは、本気で期待していただいているという周囲からの熱意を感じて、日々の原動力・モチベーションにつながっている」とも話した。
この点については、A氏も、前職で化粧品の販売員をしていた際にお客様に直接ご迷惑をかけてしまう状況が発生すると、同僚からも目が悪いこと自体が悪いこととされていた経験があるため、資生堂では何の分け隔てもなく接する環境があることと、責任が大きい業務に関わることができている機会はなかなかないと思うとやりがいを感じると話していた。このように、一人ひとり異なる障がいへの配慮の違いや前職等での経験などから、活躍できる環境が整うまでには、2人にとって様々な困難があったことがわかる。
この業務での喜びについて、A氏は、決まりきったことをやるのではなくて、自分の裁量でこういう販売方法を考えたいとか、こういうものを送付したいという考えを実行できる環境があるのが最も幸せであると話す。
また、B氏は、学生時代、対人職を希望していたが、当時、重度の視覚障がいになるだろうと予測していたため、10代半ばには諦めていた。自分の職種は限られてくるだろうと。だが、縁あって資生堂ジャパンに入社し、先日ファンデーションの色味について、店舗から問い合わせの電話があったことが、嬉しかったと笑顔をで話されていたのが印象に残る。「今でもはっきり覚えてます。化粧品のことを男性の不慣れな僕に聞いてくれたことが嬉しかったですね。こういうことは、段々頻度が増えてきているので、少し先の将来の話につながりますが、商品のことや知識では負けないわねと言われるセールスになりたいなと思っています」と意気込みを語ってくれた。
障がいがあることでの制約や過剰な配慮によって、周囲も自らも可能性を狭めるのではなく、責任や役割を持ち、そのための努力を一人ずつ認め、そういったことを率直に話し合える環境があるからこそ、さらに活躍できる業務や領域を増やしていけるのだろう。
最後に、石川氏は、「最終的には社会に対して、好事例として発信していくことで、社会の中にある視覚障がい者への固定観念みたいなものを変えていきたいという思いで進めている」と語ってくれた。しかし、そのためには、システムを変える必要がある、とも。それは、社内環境整備というハード面に限らず、視覚障がいがあっても営業活動ができるという認識や観念といったソフト面への働きかけも重要である。そして、採用者も自分を信じて様々なことへトライしていくことで、両者がともに社員として、また企業活動に貢献しているメンバーとして理解し合うことにもなる。そのためには、当社の取り組みのように、安心できる環境の中で「対話」を行いながら、信頼と責任を作り、共有できる目標を持って協働する経過が必要であろう。
執筆:埼玉県立大学 富田文子
令和4 年度
独立行政法人福祉医療機構 社会福祉振興助成事業
対話によるD&I を目指す障がい者雇用研修・ネットワーク構築事業
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