マイナーサポートの小澤氏は、以前、従業員数が4,000人以上いる人材サービス業の会社に勤めていた。本社の総務部として、障がい者を雇用する全国各地の20以上の部署をサポートする役割を担っていた。サポートの内容は、採用から退職(後)までの人事管理、合理的配慮ヒアリング面談(年2回)といった定例業務をはじめ、職場や本人からの社内相談窓口や社内外の支援の調整や取りまとめといった個別対応にも深く取り組んでいた。今ではその経験を活かして、全国に及ぶ障がい者就業支援団体で研修講師を務めたり、個人の立場で福祉分野や企業に対して企業の職場での雇用管理の視点からサポートを行ったりしている。
「これって、障がい特性に対する合理的配慮ですか?本人のわがままですか?」研修の講師をしているときに、企業側から毎回と言っていいほど質問がくる内容だ。それに対して小澤氏はこう問いかける。「そういうふうに感じるときはどんな局面ですか?」と。そして話を続ける。「障がい特性かわがままかって、だれにも答えは出せないですよね。その事象に対して、どう受け止めるかの問題なので。その質問をした人は、質問した時点で本人の答えも出てるんですよ。わがままって言ってほしい。特性かもしれないし、(それを受け止められない)自分の心が狭いと思いたくないし、思われたくもないから質問すると思うんですが」。
一般の企業において、特に障がい者雇用の専門的教育を受けたことがない社員が、最初はなんとか頑張ろうと思ってやっていたが、慣れたはずの頃になぜか上手くいかなくなって、それが積み重なって、苛立たしさを覚える。そうなってしまった時に出てくる質問に対して、率直に言えば、合理的配慮かわがままかという話は不毛で、質問者は納得し難い。そういうときは、「そういうふうに感じるときはどんな局面ですか?」と質問し、出てきた職業課題に対して「このような時に、このようにされると、こう感じてしまう。だから、どうすれば良いのか?」という内容に整理する。これまで見ていた視点を違う視点へ転換する(リフレーミング)ことが大切とのこと。ネガティブな感情が入ってしまうと、本来見るべきところが曇り、課題の本質を見失ってしまうからだ。
例えば、居眠りをするのが許せないというケースがあった。上記のように詳細に話を聞いて整理してみると、障がいゆえに、仕事の途中で寝てしまうのは仕方がない。納得ができる。しかし、お昼休みに起きていて、ずっとスマホをいじっていて、休みが終わって仕事が始まった途端に居眠りをするのはどうしても許せないという話があった。そこにたどり着けば、昼休み直後の居眠りについての改善工夫点が見えてくる。
職業課題がどのような点にあるのかを見つけて、「このような時にこうされたら、こう感じるのも当たり前。その気持ちは分かる」と共感するところから対話を始めていくことが一番現実的な解決方法だと小澤氏は考えている。
やらされ感があるうちは、ある程度のところまで成功したかに見えても落とし穴があるそうだ。障がい者は無意識のうちにどうしても支援される側になってしまい、近くでサポートしている社員がよかれと思ってやったことが裏目に出るパターンが多い。最初は当然、「やらされ感」で始まるが、障がい者と一緒に働いているうちに段々と関係性ができてくる。担当者が障がい者のためにサポートして、障がい者も成長した、できるようになったというプロセスを経ながら相互に歩み寄っていく中で、少しずつ合理的配慮と思わずにできるようになる。合理的配慮をしないといけないと「やらされ感」でやっているうちは、上手くいかないことが少しずつ積み重なった時に、担当者も本人も辛くなって職業課題とネガティブな感情がいっしょくたになって課題が複雑になるケースが非常に多いそうだ。
障がいのある社員もたくさんの不安や緊張を持って入社してくるが、受け入れる職場も不安や緊張がある。第三者的な立ち位置の人が、肩をほぐしてあげる気持ちで、客観的に担当者と障がい者の両方が分かる立場でサポートすることが必要である。特に障がい者を受け入れた職場や担当者に対しても、褒めたり、励ましたりといった良いフィードバックをし、「やらされ感」を少しでもなくしていくことが大切だ。職場の担当者は、障がい者が入社してずっとこれで良いのか疑心暗鬼になるが、経営層や周囲からは、合理的配慮をしながら雇用を続けていくことを当たり前に要求されるからである。
小澤氏は、担当者の気持ちをまずはしっかり聴くこと、外部支援者から来たメールにある障がい者本人の変化や家族の感謝の声はそのまま転送して伝えること、何かあった時はその日のうちに連絡をもらい、即解決には至らなくてもひとまず現状を共有して、職場だけで、担当者だけで抱え込まないようにすることを実行していた。当初は役職で決めていた職場の担当者を、本人から聞き出した「いちばん話しかけやすい人」にお願いするように変えてからうまくいくようになったとのことだが、小澤氏自身も、その担当者から話しかけやすい人でいることを最も意識したそうだ。
今では企業や就労支援に関わる人々から多くの相談を受けている小澤氏も、障がい者雇用を担当し始めた当初は本当に上手くいかなかったそうだ。早急に雇用が必要になり、書類選考と面接のみで3ヶ月8人の障がい者を採用した経験がある。小澤氏は派遣会社で支店長や営業部長をしていたため、採用面接には自信があった。しかし、数ヶ月も経たないうちに障がい者が次々に辞めていってしまう状況に陥った。心の中で、何がおかしいんだろう、何が駄目なんだろうと自問自答しているときに、藁をもすがる思いで、大阪府が主催していた障がい者雇用の体験セミナーに参加することにした。
障がい者の職業訓練をしている施設へ半日体験で行ったが、そこでは障がい者の訓練生とシンガポール旅行に行ってきたという話をしていた。当時の驚きを今でもはっきり覚えているそうだ。「ものすごくカルチャーショックを受けてですね。この人たちが、これまで障がいとか、いろんな事情があって経験できなかったことを経験させていた。その時に思ったのが、こういうところから、『この会社に行きたい』と思われる会社にならないと。うちなんか相手にしてくれるわけないなと思ったんですよ。応募はじゃんじゃん来たんですけど、応募して面接に来る人しか、私は見てなくて。その背後にある、その人のそれまでの人生とか家族とか支援者がついてるとか、何も知らない。ただ来た人を見て、(この仕事)できますか?できませんか?と、それだけで採用したんですけど、そんなもんじゃ駄目だなと思って。だから選んでるつもりで、選ばれるようにならないとっていう」
この時の大きな気づきが小澤氏の採用スタイルを180度変えた。採用時に行う形式的な面接を止め、外部の支援機関を活用しながら雇用していくことに決めた。「職場実習をし、マッチした人を採用すること」「障がい者雇用は一企業だけでなく、地域の社会資源ネットワークと連携してやるもの」という2つの学びは、今でも小澤氏の指針となっている。
それまで採用しては辞めを繰り返していたが、この気づきがあった後は、それまでがまるで嘘のように全然辞めなくなった。
採用活動が軌道に乗ってからは、支援機関の求めに応じて、雇用を前提としない「“はじめての”短期体験実習」を毎月受け入れるようになった。「“はじめての”短期体験実習は、君が個人で何十万円寄付するよりも、もっと価値のあることやでって(言います)。人の一生に関わることで、初めてで不安もあって恥ずかしい思いもあって。でもどっかで一歩踏み出さなきゃいけない。(そういう時に)安心して失敗できる環境っていうことで、うちに(実習に)来てくれて。で、失敗しても『二度と就職なんかしたくない』ってならないように、ここで学んだことを次に活かせるようにするんだ、っていうことを言います。」これは、通常業務をこなしながら体験実習を受け入れてくれる、普通の会社の普通の社員たちに言い続けた言葉だ。
営業で予算を達成して、今日明日の数字を上げるということではなく、長いスパンでの社会的な価値を高める仕事をしている自覚と誇りを、障がい者雇用に携わっている人たちに知ってもらいたかったからだ。
障がい者雇用で得た経験や知見は今後の組織づくりに活かせると小澤氏は力強く話してくれた。「むしろ、この経験や知見を活かさないと、企業は生き残っていけない。個人の成績を上げていれば成り立つような仕事ではなくなってるんですね。チームで助け合って機能していかないと。仕事だからやれよって言うけど、みんな感情があるから。そういうのに理解を示してやれる会社はいい人材が集まっていく。(中略)障がい者雇用だけとは思ってないですね。要は雇用の問題ですね」この言葉に、障がい者雇用から学ぶべき答えが詰まっていると思う。
令和4 年度
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