本稿では、就労、雇用にこだわらず、「街づくり」という大きな視点から、ディーセント・ワークを考えてみたい。NPO法人ディーセントワーク・ラボのミッションである「働くすべての人のディーセント・ワークの達成」一人ひとりがどこかのコミュニティ(グループ、街、地域、社会)などで役割があり、本人も他者もその役割を認識するためには、究極的ゴールとして、コミュニティが成熟し、個々一人ひとりが自律(一人ひとりが周囲のサポートを受けながら自分で選択し、決めたことに責任をもつ人であること。自分が認められることと同様に他者も認められること)できるよう育んでいることが大切な要素となりうる。その土台作りが石川県のある地域では既にスタートしていると感じた。
社会福祉法人佛子園は、年齢、性別、国籍、障害のあるなし、社会的背景にかかわらず、いろいろな人がごちゃまぜに暮らしていける街をつくっている。もともと、街はごちゃまぜであり、そこにいろんな人が住んでいる。昔は横のつながりが濃く、いい意味でも悪い意味でも、近所に誰が住んでいて、その人がどういう「人となり」か知っていることも多かった。しかし、最近は人とのつながりが希薄になってきたと言われる。それによって失ったことも多い。かつての濃厚すぎる近所付き合いは厳しいかもしれないが、今だからこその新しいコミュニティのあり方、近所との付き合い方も当然あるのではないか。
「地域に住む一人ひとりをもう一度しっかり見つめ直してスポットを当て、全ての人を街の中で機能させたら?その仕組みを意図的につくったらどうなるだろうか?」これまで、研究結果や小さな取り組みの成果では、今の社会課題と言われている、労働力不足、高齢化、子育て、居場所といったことの多くは解決できると言われてきた。果たして実際はどうか?その実践を行い、試行錯誤を続けながらも、どうやら成功しているらしい・・・という場が、「B’s行善寺」や「Share金沢」であると思う。そこにある理念、人々の想い、街づくりと建物づくりの設計、人々とのつながり、そういったことが集結し、上手く機能した街はどういった街なのか、B’s行善寺の代表である速水氏にお話をうかがった。
2015年より多機能地域医療福祉連携の住民自治モデルとしてB’sプロジェクトがスタートした。徒歩圏内におけるタウン型の生涯活躍の街として、地域住民すべてが等しく利用できる、分け隔てない地域の駆け込み寺のような役割を目指したものである。地域・コミュニティづくりとして、2017年度グッドデザイン賞を受賞している。
写真が示しているように、地域の中に大きな場所があるが、そこには障がいのあるなしにかかわらず、地域の人々が利用できる多くの施設がある。高齢者デイサービス、障がい児・者の福祉サービス事業所、グループホーム、相談センター、保育園、整形外科・リハビリテーション科クリニック、天然温泉、食事処、ウェルネス(ジム)、温水プール、フラワーショップ等があり、あらゆる人が集まり、繋がれる仕組みとなっている。また、この施設の中で必要とされる仕事の多くに障がい者が関わり、働いており、個々の特性や強みに合った仕事を、彼らが望む就労スタイルで実現している。デイサービスに通う高齢者もアルバイトとして働いている人もいる。
これまで、福祉サービスを利用する障がい者や高齢者は、サポートされる存在であったが、ここでは、障がい者や高齢者が子どもたちの世話をしたり、住民にサービス(仕事)を提供したりすることで「サポートする側」にもなっている。ここでは、そういった役割がたくさん存在する。
また、ここには様々な地域住民が自然と集まってくる。子どもが遊ぶスリリングな遊具があり、その周りで大人が休めるようになっている。休んでいる大人が遊んでいる子どもにも自然と目が行くような建物の設計にしてある。遊具のある施設内には、お父さんが集まりやすいように883(パパさん)カフェがあり、公園に子どもを遊びに連れてきたお父さんたちがお酒を飲みながら気軽に集まれる。
ウェルネス(ジム)施設もあり、地域住民(障がい者、高齢者も含む)が安価に利用できる。生活介護サービスを利用している障がい者が、ジムで楽しく話しかけ、励ましてくれるので、それを楽しみにわざわざ時間を合わせて通ってくる会社員もいるようだ。
そして、ここには建物の清掃、温泉の清掃や施設管理、食事処の食事の提供等、本当にたくさんの仕事があり、多くの障がい者がここで働いている。就労支援サービスを受けている人もいるが、パートとして一般雇用として働いている人もいて、その人の希望に合わせて働くスタイルが選べるようになっている。
さらに速水氏は、ここは「無理に役割をもたなくても、そこにいるだけでいい」という自然な雰囲気があるとも話してくれた。認知症のおばあさんが美味しそうにごはんを食べているだけでまわりが幸せな気持ちになる。おばあさんが、こういったふんわりした温かい雰囲気をつくってくれていることにまわりが喜び、ありがとうと思う。これももちろん、広い意味で素敵な役割なのだ。
こういうストーリーもある(※)。ある認知症のおばあさんは夜間徘徊が多く家族が困っていたが、自主的に重度障がいの人に朝、ゼリーを食べさせるようになってからは、早く寝るようになり、徘徊が非常に減ったそうだ。障がいのある人にも変化があった。少ししか動かなかった首の可動域が、おばあさんが食べさせやすいようにと意識をしているようで、可動域が広がったそうだ。人と人が織りなす化学変化はときに想像を超えることがある。
人が集まると、サークルや活動も自然に生まれてくる。ここの会議室やスペースといった施設の利用料を無料にすることで、人々が更に集い、利用者が自主的に施設を管理する仕組みも自然に作られたようである。
ここでは、様々な人がごちゃまぜになって、障がいのあるなし、年齢等にかかわらず、できる人ができることをし、何らかの役割を担っている。そうさせる設計と仕組みがあり、何よりも人とのつながりがある。人々の新たな可能性に気づきながら、今日も多くの人がこの地域で暮らしているのだ。
ここには、1階に事務所があるがオープンとなっており、B’s行善寺のスタッフは事務所だけでなく、2階のフリースペースも含め様々な場所で働いている。そのため、地域の人は話しかけやすく、話が弾んで新たな取り組みや活動がスタートするようである。スタッフはあくまでも自主的に始めようとする地域住民の力をサポートするだけで、そのためのコーディネートをしているとのことであった。
もちろん、時々、問題が起こることがあるが、経験しながら、そこでお互いの関わり方のルールを学んで、分かっていってもらうようにしているそうだ。最初からルールを与えると、それに反発する人が出てくる。そうであるならば、自分たちでルールを決めてもらい、自分たちでそのチームや活動を発展させていく方が得られるものも多い。
スタッフは地域住民のもつ自主的な力を信頼している。その力を集結させるためにこの施設があり、その力を上手く引き出せるようにスタッフがいる。住民とスタッフ、住民同士の対話を通して、お互いを知り、体験し、学び合う。その繰り返しがお互いの信頼を高めていると感じた。
ここで働くスタッフたちは、障がいのある人も含め、本当に楽しそうに働いている。速水氏の語るビジョンと同じ法人で運営されている「YABU&CAFE丹」のスタッフの語るビジョンは一致しており、社会福祉法人佛子園がどこを目指しているのか、佛子園らしさはどういう取り組みなのかということが、共通認識としてあり、それを法人全体で一丸となって目指していることが伝わってきた。何より、2人のキラキラした目から、福祉がリードして次世代のコミュニティをどうつくっていくか、その果てしない挑戦を心から楽しんでいるように見えたのが印象的であった。
令和4 年度
独立行政法人福祉医療機構 社会福祉振興助成事業
対話によるD&I を目指す障がい者雇用研修・ネットワーク構築事業
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